岩井圭也日誌

小説を書いています。2018年夏頃にデビュー作『永遠についての証明』刊行予定。岩井圭吾とも。

書店のファンベース

 本のある場所はいつだって楽しい。

 書店も図書館も楽しい。駅前の大型書店も、郊外の小さな書店も、駅ナカの書店も楽しい。町の図書館も、大学の図書館も、カフェや待合室の本棚も楽しい。初めての書店も、通いなれた書店も楽しい。

 だが、別にそういった場所が楽しくないという人もいるようだ。どうもすべての人にとって本のある場所が楽しいわけではないらしい。

 程度さえ問わなければ、私は一応「書店のファン」「図書館のファン」と呼ばれる人種の端くれと言えるだろう。

 ファン代表として業界の問題を高らかに宣言するつもりはない。私が話したいのは、「もっとたくさんの人に書店のファンになってもらうには、どうすればいいのだろう?」ということだ。おせっかいだろうが「こんなに楽しい場所があるのだから、もっと多くの人に好きになってもらいたい」と考えている。

 こんなことを考えはじめたのは、『まちの本屋』(田口幹人、ポプラ社)を読んだのがきっかけだった。

 著者は数々の話題やブームをつくってきたさわや書店フェザン店で店長を務める。書店員としての豊かなエピソードを交えつつ、先輩やお客様と接するなかで形作られた信念が、実直さを感じさせる口調で語られる。

 白眉と感じたのは、書店経営にかかわる一節。特別大きな紙幅を割いているわけではないが、書店員が経営について語る文章を読むのが珍しいこともあって印象に残った。著者には、実家の書店を閉店せざるを得なかった苦しい過去がある。その経験をもとに語られる「稼ぐことの重み」は、我がことのように胸に迫ってくる。

 本書でたびたび著者が強調するのは、「地域に寄り添いたい」という想いである。大規模店にも中小規模店にも、それぞれの役割がある。ただ、どんな書店であれ、その地域に根付いてほしいという著者の気持ちは変わらない。

 さわや書店には、田口店長の選択眼を信頼し、本選びをまかせる常連客がたくさんいる。それは著者自身が誰よりも、地域に根付くという使命をまっとうしている証拠ではないだろうか。

 田口氏の考え方に通じる著作がもう一冊ある。

 『ファンベース』(佐藤尚之ちくま新書)では、書名の通り「ファンベース」という考え方に基づいたマーケティング施策がわかりやすい言葉で論じられている。『人生ピロピロ』(角川文庫)や『沖縄やぎ地獄』(角川文庫)などのエッセイで発揮されるユーモアがここでも巧みに織り交ぜられているおかげで(前記エッセイでは「さとなお」名義)、肩の力を抜いて読むことができる。

 本書では「中長期ファンベース施策」と「短期・単発施策」の2種類の施策を挙げ、それぞれの特徴や効果的な戦略の組み立て方を説明している。また紹介されているファンベース施策の実例が豊富で、参考として挙げられているウェブ記事を読んでいくだけでも勉強になる。

 ファンベース施策の考え方は市場の先細りを前提としていて、これはあらゆる国内市場の共通点である(高齢者向けビジネスはやや趣が異なるかもしれないが)。縮小する市場に対する有効な手立てとして編み出されたファンベース施策では、あらゆる消費者に向けた八方美人な宣伝手法ではなく、むしろ自社・ブランドのコアを前面に押し出すトガったやり方だ。そして何より大事にするのは、ファンと対等に、永続的に、良好な関係を築くこと。

 これは田口店長のポリシーそのものではないだろうか。

 自分のコアを大切にし、地域に根付き、ファンを大切にする。これからの社会人に必要とされるのは、派手に花火を打ち上げることよりも、地道に土壌を耕すことなのかもしれない。