岩井圭也日誌

小説を書いています。2018年夏頃にデビュー作『永遠についての証明』刊行予定。岩井圭吾とも。

わたしと『数本』  2冊目

 『ぼくには数字が風景に見える』講談社
 (ダニエル・タメット、訳・古屋美登里)

 

 数字を覚えるのが苦手だ。

 人名や地名は割合覚えられるが、日付、年号、郵便番号など、数字になると覚えられない。そらでいえる電話番号は自分の携帯と実家の番号くらいだし、パスワードが英数字の羅列だったりするとまず記憶できない。

 一方で、世の中にはすべて数字に異なる色や感情が付随して見える人もいる。サヴァン症候群である本書の著者・ダニエルもそうだ。

 

 ダニエルにとって、9973までの素数にはすべて「丸い小石のような感触」があり、1という数字は「明るく輝く白」であり、いちばん好きな数字は「内気で物静か」な4である。アスペルガー症候群でもあるダニエルは、他人の感情を理解するとき、数字をきっかけにする。例えば怖がっている人の感情を理解するために、「9のそばにいる自分を思い描く」ことで、同じ感覚が味わえるのだ。

 彼の美意識では、算数のテストですべての数字を同じ大きさで、かつ同じ色で書くことが耐えられない。教師もクラスメイトも誰ひとり、ダニエルと美意識を共有することができない。

 少年期に疎外感を味わったダニエルはやがて語学の才能に目覚め、独自の言語「マンティ」を生み出す。さらには円周率の暗唱に挑戦してヨーロッパ記録を樹立、一躍時の人となる。

 紹介したエピソードはほんの一部だが、これだけでも彼にとって数字がいかに特別な存在かということがわかる。

 

 「自分は普通とは違う」と悩んだことがある人は多いのではないか。

 わたしは何度もその悩みに苛まれてきた。10代前半から、気を抜けば自己嫌悪に襲われた。悩みの対象はさまざまで、内面的なことも外面的なこともあった。こんなにおかしな人間が幸せになれるはずがない、と思いこんでいた時期すらあった。

 幸い、わたしの場合は深い谷に落ちこむ手前でどうにか踏みとどまり、今日まで生きることができている。きっとわたしの悩みは世間的に見ればたいしたことはないのだろうが、本人にとっては重要事だ。そうした悩みをかわすことができたのは、もちろん周囲の人々や環境のおかげだし、ダニエルの存在に勇気づけられたのもその理由のひとつである。

 ダニエルの数字に対するこだわりは、そう簡単に共有できるものではない。またアスペルガー症候群である彼が、他人とのコミュニケーションについて困難を伴っていたことは想像に難くない。本書では幼少期に学校でひとりぼっちだった心境を繰り返し吐露している。

 生きづらさを抱えながらも彼は才能を開花させ、愛する人と出会った。その人の資質と、幸せであるかどうかはまったく別の問題なのだ。

 わたしはダニエルの物語と出会ったことで、「普通でなければならない」という呪縛から逃れることができた。今の生活に窮屈さや違和感を抱いている人にとっても、本書が福音になればとても嬉しい。


 ちなみに、作家には「普通でない」人がたくさんいる。

 1日に3万字書く作家や、天啓と呼ぶしかない物語を書きあげる作家が、この世にはたしかに存在する。そうした人たちには普通という言葉は似合わない。

 最近では「もっと普通じゃない人間にならなければ」と思う始末だが、そんなことを考えている時点できっと根っからの凡人なのだと思う。